幼稚園の先生方の研修会で 大事にしていること

前回の投稿の続きです

私が教員をしていたとき 優れた指導力を発揮する先生と たくさん出会いました

残念ながら 上手な対応方法を見つけられず 体罰や 力でなんとかしようとする問題教員にも 少なからず出会いました

不思議なことに目標として口にすることは同じ

優れた指導力を発揮して 子どもからも 保護者からも慕われる先生

反対に いくら校長の指導を受けても 力づくで子どもを動かそうとすることを 変えられない先生

普通に考えたら 天と地ほどの差があるはずなのに

目標として口にすることが同じなんて あり得ない!

そう思うことでしょう

でも

同じなのです

その子どもの力を 最大限に発揮できるようにしたい

本音か建て前かということは 脇に置いてくとして

どちらの先生も 同じようなことを 言っています

現場を離れて見えてきた

ヒモトレや古武術の考え方に触れて見えてきた

自分が教員だったときは 言葉そのものを どのようにして教えるか

わからないことだらけで いつも 言葉を見直し 参考書を探し 自分なりの説明の仕方を探し

子どもに説明するその瞬間 瞬間が 教材研究の時間でもありました

日本特殊教育学会の ポスター発表を現職最後の年まで続けたのは

その報告をするためでした

幸いなことに 新任教師で とても意欲的な 優秀な人との出会いも多く

どのようなかかわり方をしたら 本当に その子の力を最大限に引き出せるのだろう

そういう問いを持ち続けて 自分の仕事をより良いものにしていく

それが 良い教師の生き方だと

信じて疑いませんでした

体罰や力づくの指導をしてしまう先生は それとはまったく別の人格なのだ

そう思い込んでいました

力づくの指導を繰り返す先生の言葉を改めてかみしめてみると…

子どもが できるのにやらないのは もったいない

もっとできるはず

そう思って かかわっていることには 嘘はなかった

今なら それがわかります

指導力のある先生と その点では 何も違いがないのだ

今は それがわかるようになりました

では何が問題?

なんとかして その子の持っている力を 引き出そう

なんとかして

無理してでも

そういう 考え方に 教師が はまっていってしまう

そこに 落とし穴があるのです

自分自身の身体のいい感じを感じる

無理をしようとすると 必ず 力みが出ます

それは 身体の動きを悪くする

それを ヒモトレや古武術の知識に触れて 学びました

その子の力を引き出す

それには その子が 力まず 楽しむ感じを 体感すること

先生として学ぶべきなのは それが最初の一歩なのだと 思います