教え子が握ってくれたおいしい寿司をカウンターでいただく贅沢
教え子が握ってくれたおいしい寿司をカウンターでいただく贅沢

教え子といっても 学生時代に2年間 小学生だった子の家庭教師をしていただけですが

家庭教師とは名ばかりで 商売をしているご両親にかわって 子守をしているようなもの

ついでに 悩み多きお母さまの 愚痴を聞く

商売はお寿司屋さん

ご夫婦だけで店を切り盛りしていたので 男の子二人が しょっちゅうけんかするのを仲裁したり 出前やお客さんの相手をしたり お母さんは一人で何役も請け負い それでも一生懸命に 子育ても商売もしていました

子どもたちの面倒を見るのに 猫の手も借りたい と思っていたかどうかはわかりませんが 私の大学の先輩が ここで家庭教師をしていて 卒業で地元に帰ることになり 私が後任となったのでした

家庭教師としては たいしたことはしていないのですが お母さんの話はよく聞きました

そのお母さんは ずいぶん前に亡くなられたのですが 私にとって一番の思い出は 手作りのアップルパイ

お父さんは寿司屋の親方ですから料理人 お母さんも手伝いをしながら いろいろ料理をしていて 中でも 特に人気だったのが アップルパイ

リンゴの紅玉が出回ると リンゴを煮て パイ生地をこねて オーブンで焼いてパイを手作り お客さんや周りの人たちにごちそうしてくれました

私は家庭教師をしていた学生時代から お母さんがパイ生地をこねているのもそばで見たことがあるし ごちそうにもなりました それだけではないのです

私が結婚して 子どもが生まれてからも 季節になると とても大判の四角く焼いたアップルパイを冷凍して ずっと送ってくれました ですから 娘や息子が大きくなってからも アップルパイというと お母さんを思い出す そのくらい 心に残っているごちそうです

お母さんが亡くなってから私は知ったのですが アップルパイを200枚近く焼いては みなさんに配っていたそうです それだけ多くの人が お母さんのアップルパイを楽しみにしていたのです

商売も子育てもアップルパイ作りも すべて一生懸命だったお母さんの苦労話

お母さんの話で 今でも忘れられないのは 学生だった私に 自分の年齢なら先生くらいの子どもがいて当たり前くらいなのに 子どもはまだ小学生で 兄弟げんかとか心配なことばかり

それが口癖のようになっていました

今になって思うと そういう愚痴を話せるのに 私の立場がちょうどよかったのでしょう

週に一度 家庭教師に行った日は 子どもたちと一緒に夕飯を食べて帰るのでした

店が忙しくてお母さんが料理ができないと お父さんがちらし寿司を出してくれます 店で使っている寿司桶に 本格的なちらし寿司が盛られてくるのです どっちにしても私は豪勢な夕飯をいただいて おまけにバイト料までいただく 二重に「おいしい」バイトでした

私は大学を出てすぐに宮城県で教諭となり 8年が過ぎると かつて教え子が在籍して 店の近くにある小学校に勤務することになりました 当時はまだ土曜日も午前中は学校があり 昼食を食べに店に行くことがよくありました

当時は まだお父さんとお母さんがやっている店だったので 家庭教師をしてたころの昔話をしながら その後の子どもたちの様子について 話を聞きました 店の近くの学校には8年間も勤務していたので 成長の過程をお母さんから聞くのが 習慣のようになっていました

息子である親方が 結婚してすてきなお嫁さんを迎え かわいい孫もできて そのときになって初めて お母さんは 今は幸せ 何も心配がなくなった こんなに幸せなときがくるんだね と安心を語るようになりました

何もかも一生懸命で お客さんにも周りの人たちも大切にして 生きてきたお母さん 

当然 息子である親方も 愛情いっぱいに育てられたのですが それでも 人生は山あり谷あり 紆余曲折だらけだったようです

どんなに一生懸命にやっていても 商売もうまくいっていても 子育て中は 親としては悩み多き日々でした

私のかみさんのように 心配したってしょうがない 簡単にそう思いきれる人は 多くはいないでしょう

お母さんの苦労話は 今では笑い話になった

医学の発達が今ほどではない時代に 高齢出産で 二人の男の子を育てながら 職人気質で接客があまり得意ではない(これはお母さんの言葉)お父さんを助けて 商売を繁盛させていくために お母さんがどれだけ 気を配っていたか その話も 家庭教師をしていたときに よく聞きました

もし このブログの読者の方で お子さんに何か心配があるとき 今が心配なのは あなただけではないし 必ず 将来は笑って思い出話ができる それを信じてください

今 店は繁盛し かつてお父さん お母さんが おいしい料理をふるまって たくさんの人を幸せにしていたように 親方は 今も味にこだわり 素材にこだわり 自分の味でみんなを幸せにしてくれます

私の家族は ボーナスが出ると 大黒寿司のカウンターで お任せで握ってもらうのが 恒例でした そのときは すでに親方が店を継いでいて お父さんが一緒に店に立っていたときもありました

そんな親方も 今の立場になるまでは 別の仕事も経験していて 決して一直線の人生だったわけではありません 人それぞれ 回り道をして いろんな大変なことを経験して ようやく自分の居場所にたどり着きます

子育て中は 誰にもそのゴールが見えないので 不安になります

でも その都度 一生懸命に 向き合っていると ちゃんと いい場所 いいゴールにたどり着くと思います

それは 自分たちだけの力でなく 必ず助けてくれる人がいるからです

私が大切にする人は大黒寿司にお招きする

お母さんの愚痴で よく聞いたのがもう一つ

小学生だった親方が当時 カレイは柳カレイの縁側がうまいといって そこしか食べないんだよ 小学生なのに贅沢な…

寿司屋を継いだのは必然で 今も味にこだわって しかも安く料理を出してくれます

宴会などで 遅れて来る人があると その分は 前もってテーブルに出すことは絶対にせず 到着してから順番に料理を出してくれます

そういう人柄なので 私が大切にする人は 必ず大黒寿司に案内しています

いつも手作りのアップルパイを送ってくれて 家庭教師もさせてくれた お母さんへの恩返しもあります

自分のお金で飲食をするなら 気持ちよく 安くておいしいものを食べたいし 同じお金を使うなら かつて自分がいただいた恩を返したい そんな気持ちもあります

愚痴をいっぱいこぼしていたけれど 周りの人たちにも 温かい気持ちをふるまい続けたお母さんが 天国から 息子である親方を 周りの人たちの手を借りて 今も守ってくれているのです

子育てで心配事がある お母さん そしてお父さん

今の一生懸命さと 周りの人たちとのつながりが 必ずあなた方ご家族を守ってくれます

いずれ笑い話になります それを信じていきましょう