先生が子どもを叱るときの心の中を考える。叱られる子どもの心の中も考える。

前回の投稿では 先生に物申す 保護者の立場をもとに書きました

先生の立場で読むと こっちの気持ちをもっとわかってほしい!! そんな思いに駆られるでしょう

子育てコンサルタントとして活動することに決めたとき こういう話題にこそ 今は当事者同士での話合いでは うまくいかないのが現実だ だから 保護者と先生の思いをつなぐ役割をビジネスの形にしていこうと思いました

ビジネスと言っても まったく儲からないかもしれないけれど…

行政では機能しない ボランティアでも続かない だからビジネスで そう思いました

大多数の先生は 子どもの将来を考え 自分が担任しているこの期間内に 人生にとって大事なことを 子どもに注いであげたい そう思っているのです(例外がないとは言いませんが…)

それを 上手に子どもに伝えられる先生 思いはあるけど伝え方が下手な先生 子どもとの相性が良くて伝えられる先生 相性が悪くて伝わらない先生

先生と子どもという前に 一人の人間と人間という関係なので 相性やいろいろな要素で 関係がうまくいくとき いかないときが 出てきます

もちろん 先生として給料をもらうのですから 先生が それを言い訳にして 子どもとの関係がうまく構築できないのは論外です 

給料をもらうということはプロであるということ 結果としてうまくできなくても 良い関係を構築するために あらゆる努力を続ける必要があります

先生は熱い思いを持って叱っている そうだとしても…

保護者が先生に物申す そういう気持ちになるのはどういう場合なのでしょうか

先生は 一生懸命に子どものことを考え 担任しているこの1年間のうちに 何を教えてやれるのか考えます

熱い先生ほど そうだと思います 外見はとてもクールだけれど 心の中には熱い情熱がたぎっている そういう人もいるので 外見だけではわかりませんが…

相手は子ども 特に年齢の小さい場合ほど 教え方をわかりやすくしなければいけないので工夫が必要です

上手な教え方が見つからずに「怒って」しまう

叱るのと怒るのとは違います

先生は 自分が「怒り」からではなく 子どもに諭すために「叱っている」つもりでも

叱られている子どもが 自分が怒られているとしか感じられない場合

先生の伝えたいことには 目を向けてもらえず

単に 怒られた 先生こわい それしか感じられなくなります

怒られたとしか感じてもらえないときの先生は…

どのようにしたら子どもに伝わるのか うまい方法が見つからなくて 自分の感情を爆発させてしまう

瞬時にうまい方法を見つけられる 指導法の引き出しが深い先生なら まだこの手があると思えるので 冷静でいられるのではないかと思います

怒るしか手がない そういう先生は 仕事を替えるべきです

人間ですから いつでも冷静でいられるわけではないし 自分だって偉そうなことは言えません

ほんのちょっとの時間をおいたら 冷静になって 子どもに合う方法を見つけようとする そういう先生でいてほしい

子どもはとても鋭い観察眼を持っています 障がいがあるかないか そんなことは全く関係なく、です。

先生も「見られている」という自覚(野口芳宏著書より)

この記事を書くにあたり ずっと前に購入していたこの本を読みました

私自身がよく使う言い方だと 子どもの視点から自分を見るということになります

子どもに伝わるうまい方法が見つからないときも 子ども自身は先生である自分をどう見ているか どう感じるか その意識を持って接することが大事です

これが忘れられていたと感じたとき 子ども そして保護者は 先生に物申すという気持ちになってしまうのだと思います

これは先生という立場に限ったことではありません

自分自身も 子育てコンサルタントとして それぞれの立場の方々から どのように見られているのか どのように感じられているのか 常に意識して

子どもも 保護者も 先生も 子どもにかかわるみんなが 安心して手をつなぎあっていけるように活動していきたいと思います

著者
きくちゃんと

きくちゃんと

小学校長を定年退職したのを機に きくち子どもすくすく相談室を起業しました。 幼稚園の保育コンサルタントとして活動中です。 不登校や発達障害の子どもさんや保護者の方々とかかわってきました。 専門は聴覚障害児や言語障害児の教育でした。 子育てに関するトータルサポートをいたします。 まずはご相談ください。

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