何を伝えたいのか言葉がわからないからこそ知りたいと強く思う
何を伝えたいのか言葉がわからないからこそ知りたいと強く思う

もう20年近く前になると思います 我が家に半年間 ネパールからの留学生が 週末だけホームステイしていました

彼女は ネパールの聾学校の校長先生でした

私の大学の後輩が海外青年協力隊員として ネパールの聾学校に支援に行くことになりました 後輩は聾学校教諭の免許を持っているものの 学校現場で聴覚障害の子どもを教えた経験はなかったので ネパールに滞在している間 日本から後方支援をしてほしいとの依頼を受けました

当時の私は 聾学校ではなく難聴学級(きこえの教室という名称で知られています)の担当をしていたので 二つ返事で引き受けました

結局 日本でさらに研修を積んでほしいということになり 後輩は宮城の聾学校で半年間の研修を受けさせる手配をしたようです

彼女の聾学校での研修が始まり 宿舎は留学生会館となりました とても立派な建物ですが ホテルのような個室での生活

ネパールでは大家族で生活しているので とても寂しがっているという話を聞き 週末だけですが 聾学校での研修が終わると 我が家に来て週末を過ごし 日曜日の夜に宿舎に送るという生活になりました

片言の英語でなかなか話ができないときは互いに一生懸命だった

私はネパール語がまったくわからず 英語は1年間 英会話スクールに通った経験がありました

彼女は日本語がまったくわからず でも英語はペラペラでした ネパールはインドの近くにあるため 英語のテレビ番組が日常的に流れているそうです

必然的に コミュニケーションは英語でした でも 私のかみさんは 英語はできず 子どもたちも小学生で 身振り手振りの迫力 そして熱意だけでやりとりする そんな半年間でした

我が家の一員として いろいろなところにみんなで遊びに行きました

年度末が近づいてきて 彼女がレポートをまとめるような時期になってくると 私は彼女と教育論を戦わす場面も出てきました

彼女は片言の日本語を覚えていて ひらがななら読めるようにまでなりました

私の方も 英語で話すことにずいぶんと慣れて あまり会話に苦労することはなくなってきました

やりとりする熱意が薄れてきている自分を感じた

彼女が我が家に来たばかりのときは 彼女の英語の発音にも慣れていなくて 彼女は自分の英語の発音をクィーンズイングリッシュだと自慢していましたが インド人の友人を連れてきたときに その友人の発音がとても聞き取りやすく 彼女の英語の発音には結構なまりがあることが そのときにわかりました

そんな状態ですから 何かを伝えあおうとしても なかなか簡単にはいかない そんなことばかりでした

でも 言葉がかなり通じるようになってきたときに 出会ったばかりの自分を振り返ると なんとか伝え合おうとしていた自分の 熱い思いが かなり薄れてきたのを感じました

言葉のトレーニングを受けている子どもさんやそのご家族へ

今は 発達障害があって言葉のトレーニングを受けているお子さんの 実際の様子がYouTubeで見られるのですから すごいです

赤ちゃんが 何か月ごろにどんな行動ができるようになっているか それも動画でリアルな姿が見られます これもすごいことです

とても子どもの姿がかわいらしくて癒されるので チャンネル登録して見ています

子どもが何か周りに伝えたいことがあるのに うまく表現できなくて 伝わらずに癇癪をおこす それが 言葉で伝えられるようになると 癇癪がおさまってくる そんな姿も見ました

言葉で伝えられるって 子ども本人にとっても 周りの人にとってもとても大事であるということを 再確認しました

でも 皆さんにお伝えしたいのです

言葉で伝えられなくて癇癪をおこす それは子ども本人にとっても 親御さんにとっても つらいと思います ただし つらいけれど悪いことではない むしろ大事な経験です

伝わらなくて子ども本人がくやしがったり 悲しがったり なんとかしたいと強く願うようになるから 言葉で伝えらえるように 考え 言葉を身に付けていくのです

言葉で言えた 言葉で伝えることができた その行動だけに目を奪われるのでなく なんとか通じ合うようにしたい そのモチベーションが大事であること その思いをいつも共有すること それが親子の会話でも 土台になるということ 

それを忘れないでください

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