朝日新聞の記事2019年6月17日付社会面に ひきこもり 感じた偏見 という見出しの記事とともに 「HIKIPOS(ひきポス)ひきこもりの当事者、経験者の声を発信するため2018年2月に創刊。…」としてホームページのアドレスが紹介されていました

ほんの少しだけのぞいてみましたが ひきこもりに対する偏見でつらい思いをされていることが よくわかりました

なぜこのブログでひきこもりについて取り上げたのか

ひきこもりをせざるを得なかった事情やきっかけは それぞれだと思います

幼児期の子育てを中心にサポートしていこうとしている私が なぜ ひきこもりについて触れるのか

ひきこもりのきっかけがあったときに 当事者にかかわる周りの人たち 特に家族は 心に何かつらいことがあって 身体が動けなくなっているその人に対して 動けないでいるという外側の行動面だけに焦点をあてていて その人の心の中を知ろうとする 心の中の様子に焦点をあてる それをしていなかったのではないか

これはほとんどのケースにあてはまるのではないかと思ったからです

心の中のもやもやでつらい、苦しい思いで体が動かないでいる人に対して、心の中を見ようとせずに、動けないでいる外面だけに目を向けているのが問題だ。
心が苦しくて身体も動けないときに動きだけをどうすればいいか考えるのは間違い

不登校も愛着障害も心の中を知ろうとすることから

ひきこもりになりそうなとき 動ける/動けない 行ける/行けない という目に見える行動そのものだけに目を奪われて 動けないでいる人の心の中を じっくりと聞こうとするかかわり方は あまり されていないのではないでしょうか

「つらいの?苦しくて動けない?」いろいろな言葉が考えられますが その人の気持ちをくむ そのスタンスを貫いていけば すぐには答えられなくても 自分のつらい思いをじっくりと聞いてくれる人に出会えた その温かさを感じて安心するでしょう 自分の周りには頼りになる人がいて支えてくれる そう感じるでしょう

自分を理解しようとし 支えてくれる人が身近にいたら ひきこもる必要はなくなるのではないでしょうか

ひきこもりも不登校も愛着障害も 子どもの心を知る 子どもの心に焦点をあてる そこからしか 次に進む道は見えてこないのだと思います